*この記事は「聖剣VoM」をプレイしている中で思ったこと、考えたこと、考察もどきをつらつら書き留めておくためのものです。体系的にまとめたりしていません。見にくいところがあると思います。随時更新なので内容は予告なく増えます。
*2024/09/15時点で9章までクリアしてサブクエを消化したり、10章をちょっとずつ進めていたりします。PS5でプレイしているので、トロコンまではやりこみたいなと思っています。
*所詮、二次創作やってる女なので、特定のキャラに対しての過度な思い入れあるいは思い込みなどもあります。
*「聖剣VoM」そのもののネタバレがありますが、他ゲーム・小説等の媒体のネタバレを警告なく含みますので、ご承知の上でご覧いただけますと幸いです。
*この記事を読んでくださるのはとても嬉しいですが、あくまで個人の感想なので、余所に話題を持ち込んだりなどはできれば避けてください。
◆コーダ関連のアレコレ
ラスボス戦直前のディロフォロスが
「お前が女神を想うように~」と言っていたり、あるいは『旅のお守り』から始まる一連のイベントでもちょっと見え隠れしているように、コーダが女神に守り人以上の感情がある、それ以上の仲、とどのつまり恋人などの恋情を含む関係であるというのは示されているけれど、ここで物凄く気になっているのが、ヴァルとの初対面で言った「俺の子孫ヴァルよ」(なので魂石にまつわる能力を継承している)という言葉。
これ、広義の意味の子孫なのか、それとも(かなり血は薄れているにしても)直系の子孫なのかというのが気になっている。
だって、女神との関係性を考えたら、ヴァルって女神の子孫ってことになるじゃん……ならない?
(ここでコーダが女神以外の人間とそういう仲だったというのはあまり考えたくない)
広義の意味の子孫だと、コーダの兄弟の末裔ということになるかもしれないけれど、それだと魂石の能力を持っていることに説明があまりつかない気がする。もし、血統的にコーダよりも前の、つまりコーダよりも先祖が持っていた能力なら、魂石の説明のときにそうは言わないと思われる。
ただ、スタッフロール後の一幕で、ヒナが新しい女神になった(らしい)ことを考えると、クィ・ディール世界におけるマナの女神はマナの樹の管理者で、マナの力を滞りなく循環させる存在であって、マナの力そのものではないのかなとも考えた。
だから、もしもヴァルがコーダと女神の直系の子孫だとしても、魂石の能力以外は特別なことはないのだろう……。
いや、魂の守り人にして光の御子、そして聖剣の勇者であるヴァルはあの世界にとって相当特別な存在ですが。
しかし、コーダくん(全然くん付けするような年齢でも性格でもないのにくん付けしたくなる)。
やたらダウナー系の演技で、いつでもどこか影のあるような声に振る舞いだなと思っていたんですが、図鑑を見て腑に落ちた。
御子を魂石に変えてマナを循環させることが現状維持のその場しのぎ、そして確実に御子の命を犠牲にしているとは分かっていても、女神が目覚めるかもしれないと思って魂石を捧げていたと……。
あの世界の「前提」が変わる前の構造として仕方なかったにしても、そうしないと世界の維持ができなかったにしても、それによって起こる悲劇があると分かっていても女神に会いたいために魂石をささげていたと……、えぐい。
別の項を立てて書こうと思っているんですが、聖剣VoMの物語は愛により始まり、愛により廻り、愛により終わる話だと思っていて、その中心にいるのがヴァルとヒナ、オーリンとライザ、ディロフォロスとセルリア、そしてコーダと女神の4組。
その中でヴァル以外は大切な人の死を真正面から受け入れることができなかったんだな、とも思った。
ヴァルはそこから前に進めたかどうかは分からないけれど、受け入れることはできたんだと思います……。
◆ディロフォロスとセルリア
前の記事で書いた通りの事情で、私が聖剣VoMで好きなキャラおよびカップルがこの二人になりそうだな、なるかもな……って思ってギリギリ踏みとどまっているところです。
つまりここのブロックは萌え語り?などが中心になるので真っ当な感想を読みたい方はここは飛ばすんだ!!
第9章をクリアしてから、その勢いで2周目にいってオープニングをもう1回見たんですけれど、あの影絵はオープニングだと真実が語られているんですね……!
もはやありきたりかもしれないけれど、2周目で真意が分かる演出好きです!!
ティレスでの座長の意識乗っ取り事件はセルリアの嘆きだし、その後の聖地ウェンデルはセルリアを喪ったディロフォロスの慟哭を、同じ痛みを持つヴァルが聞いていたと。
聖剣VoMの話で裏主人公というか、途中から確実に話の中心にいる人物たちですが、それだけにもう少し丁寧にというか、ティレスの大劇場で語られる理想化された話だけではなく、実際の二人の暮らしぶりが分かるイベントがほしかった……というのは、好きになったからの欲目なんだろうな。
しかし、ディロフォロスとセルリアに起きたことをよく考えると、ディロフォロスがたとえ八つ当たりのようなものであっても、女神と世界に復讐しようとする心情は理解できる。
でもあそこら辺、先へ先へと進もうとするプレイヤーとは食い合いが悪いというか、聖剣シリーズではない他の話を見慣れていると「女が死んだくらいで世界を滅ぼそうとするな」って思う方の方が多いのかもしれない。
でも、人間は生きている、生きている以上感情から逃れられないものだから、何よりも大切にしていた存在が理不尽で奪われたときに、相手を許すなんて到底無理だし、どうにかして感情のやり場を探すものだと思うよ。
(その意味じゃ、許さないにしろ相手を理解しようとしたヴァルは菩薩だと思う、本当に)
ところで、私はディロフォロスが封印されてからも「呪い」で世界を蝕んでいったことを、女神様が「愛で世界を覆い尽くそうとした」と表現したところがとても好きです。
マナの世界は愛により巡る……良くも悪くも……。
女神様もこの二人のことは気にしていたんだね。
(ただ、ディロフォロスが最初に聖域に乗り込んでコーダと戦ったとき、その前後で魂になったセルリアが出てきてくれれば一件落着だったけれど、そうではないところを見ると、女神様が目覚めるまでは何らかの理由で出てくることが出来なかった(マナの循環の不具合関連?)か、やはり人間に殺されたのが苦しくて最初は復讐容認してた? さすがに前者だろうな。
ティレスの座長乗っ取り時のセリフを見るに、自分が死んだ後もディロフォロスを想い、彼が英雄として讃えられることを願っていたし、殺されたことによる恨みの気持ちよりも、遺されることになったディロフォロスを心配の方が勝っていたのでしょう。
もしかすると、不世出の英雄ディロフォロスが自分のために右腕を失い、自分のともに暮らすことに負い目を感じていたのかも、とも思った。
私がディロフォロスとセルリアが好きになった理由が、他ゲーのカップルと見た目境遇その他がすごく似ているというろくでもねえところからなんですが(前回記事に書きました)。
今はちゃんとこの二人に向き合って、この二人がちゃんと好きになりつつあるので、幸せだった頃の話を書いてもいいですか……?
セルリアのセリフがあまりにも少ない、そうですね。
いやでも、設定資料にある二人を見ると(ディロフォロスの照れ顔の部分)、
セルリアは楽しそうでディロフォロスはゲーム中では見せない表情を浮かべていて、名画……!と思った。
ここの二人、よく見なくても体格差がかなりあるのがよく分かって(ディロフォロスの上腕二頭筋がセルリアの頭くらいある)、年齢差もありそうな見た目で、ティレスでの劇などを見るに身分差というか、少なくとも将軍と農民という普段であれば接点もなかったであろうと思われる。
それはそうと(そしてこれは前も書いたけど)、年下で可愛らしく、おそらく自分の心の拠り所でもあっただろう少女との(たぶん)甘い生活はさぞや楽しかっただろうな……!
セルリアがディロフォロスを愛称の「ディロ」で呼ぶまでの話がどこかに上がってたら、それは私なのでどうぞよろしくお願いいたします……。
◆図鑑から分かること徒然(※ここから下は更新中)
- コーダの後ろ暗い部分は上でも書いた通り
- 草人は増えるより御子になる人数の方が多いので、片手で数えられる程度しかいない。
おそらく作中で出てくる草人で全員。
御子システムが続いていたら、たぶん次に滅んでいたのはヴィラルスかも。
(クィ・ディールは御子システムでも最早維持が限界に近かったのかもしれない)
ついでに、7章終わってから眠る草人がいた場所に行くと「言の葉」が落ちていて、根っこになった草人のセリフが聞けます。みんないいこと言ってる。 - またディロフォロス関係で申し訳ないのですが、ディロフォロスの項目の3個目にある画像はオープニングで流れた切り絵物語の続き。オープニングはセルリアの墓の前で嘆くディロフォロスで終わっているけれど、この項にあるのはそれから女神への復讐を誓ったその瞬間の一枚。